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あわあわとした……

センセイの鞄は、結構評判になった本だったと思う。あらすじも割と紹介されていたけれど、三十代後半の女性と七十位の老人の恋ということで、いろいろ引用もされていた。WOWOWで、小泉今日子主演でドラマ化もされている。

と、情報だけは知っていたのだけれど、読んだのは初めて。
確かに評判通り。四十間近、一人で生きていくのに慣れた女性ツキコさんが、高校時代の恩師であるセンセイと偶然出会い、お互い恋心を抱いていく様子が淡々とした日常の中に描かれている。独身の二人故(センセイの妻は出奔の末死亡しているらしい)、目に見える障害はないはずだけれど、年齢や立場などで自分自身の心が自分達を縛ってしまうのは、想像に難くない。また年齢故でしょう、性急に相手を求めるようなこともなく、ツキコさんがどんなにセンセイに恋情を抱こうとも(その逆でも)、表面的にはあくまでも淡々。このまま淡々と終わっても良かったと思うのだけれど、最後で意外な急展開も用意されていて楽しめました。

普通に考えれば、現実感のないお話。実は小説中でも現実感は意識的か無意識的か、極力廃している。まず、センセイのキャラが、いかにもセンセイらしい。多分、大勢の人が想像する高校時代の恩師がデフォルメされた姿。実際はそんな先生などいなかったはずのに…。
「ワタクシは」と話し、いつも背筋を伸ばしていて、きっちりしている。

一方のツキコさんは、三十八で一人で生きているのだから、センセイと過ごす以外の世界もたくさん持っているはずなのに、それはほとんど出てこない。いや、同級生と焼けぼっくいに火がつきそうになったり、母親との会話にいたたまれなくなったり、仕事が忙しかったりはしているのだけど、いずれも「ついで」という感じで出てくる。世界の中心はセンセイと呑む居酒屋。

多分、この現実感のなさが物語の「あり得なさ」に逆にリアリティを与えているのかもしれない。全てツキコさんの夢の中の出来事、とも言えそうなほんとに淡い淡い物語。本文中に何度も出てくる「あわあわとした」という表現がぴったりだ。

最後に。このお話で一番面白かったのは、センセイの「妻だった者」のお話。いやあ、ユニークな人です。

川上弘美、この人の本も確か芥川賞を受賞した蛇を踏むしか読んだことがなかったのだけど、他も読んでみたいと思わせられました。

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Comments

読みました。私も、夢の中なのかもしれません。下腹に力の入らない、声が上ずっている
奇妙な状況なのかもしれません。

Posted by: 今日子 | April 29, 2005 at 06:57 PM

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